本州最西端のブックマンション「繁盛」記 第4回
ブックマンションは、口の悪い人からの「閉店セールはいつか?」の問い合わせに反発して、なんとか「読書の秋」を迎えることができました。先月の来店者の一人は「中に入れないくらい賑っていたらどうしようと心配して訪れたが、杞憂に終わって良かった」とこちらの胸を刺してきました。しかし口の悪さとは裏腹、映画芸術関係の本と映画のパンフレットで五千円も買ってくれました。時々、ドーンと大人買いしてくれる人がいます。無神論者の店主もこの時ばかりは「お客様は神様です」の心理状態です。
まあ、そのくらい本は売れません。「本で空腹は満たされない」「本を読んでも儲からん」「本を読む暇もない」のどれでしょうか?本を読む国民の国家になるためには、前回書いたようなことが大事なので、前回の記事をもう一度読み直してください。
今回は超低空飛行の実態をまず紹介します。昨年十二月の開店からこの九月までの売り上げは古本が約千百冊、ハンドメイド雑貨が二百点、小物古物と言う名の我が家のガラクタが二十点ほどです。これらとは別にこの夏惜しまれて廃業した美祢の古物店「あつあつ」のオーナーご夫婦からいただいた小物古物が五十点ほど売れました。
「結構売れているじゃないか」と、思われるかも知れませんが、一営業日当たり約4冊・約1品に過ぎません。前述の五千円の売り上げなど月に一、二回あるかないかです。
先月、大学生がバッグ一杯、一万円あまり買ってくれたことがありました。その日が店番だった棚主さんは電卓を打つ指が震えたそうです。来店者一、二名で売上げ百円硬貨2枚という日もあります。もちろん売り上げゼロの日も当然。人件費ゼロ、建物のオーナーのご好意で超格安の家賃+棚主から入るマンション家賃(月千円)でなんとか経常赤字を出さずにすんでいます。しかし、開業資金の回収は夢のまた夢です。おかげでずっと「不記載」「脱税」には無縁の健全赤字経営でしょう。
しかし「本と人の交差点」の達成には赤字はだめです。来店者と常連客を増やすことに知恵を絞らねばなりません。公務員が退職後に商売をやるというのは時々聞きますが、今回古希にしての初起業、やってみてホント商売は大変だなあ、才覚がないとダメだなあと思い知らされています。
しかしこの起業、僕はやってよかったなあと思っています。読書は人類社会の発展に欠かせぬ知的活動のはずです。それを市民生活の基礎的な場で支える大事な仕事のはしくれにいられるというのは幸せなことだと思うからです。
もう一つの幸せは、日々の出会いです。本を通じて、店を通じてこれまで知らなかった人とさまざまな出会いがあるのです。高齢の方とは昔読んだ本のことはもちろん、地域のこと、歴史的な話題、政治向きの話などで盛り上がります。たまたま帰省中の若い人は、実はバリバリの「ノマド」でした。これまでにない生活スタイルを聞いて興奮しました。若い人の中には日本一周車中泊の旅の途中で寄ってくれる人もいます。三ケ月の赤ちゃんを抱えて列島縦断中のカップルは出産のために帰国した海外生活者でした。ドイツやオーストラリアで何年も働いていました。今は関東の山中で木こりで稼いでいるそうです。これから職業訓練校の建築コースに入所して夫婦で家を建てるのだとか。有名なアウトドアブランドの会社を辞めて、軽トラに載せる小屋を自作した青年は東京から沖縄まで、共存や共生をテーマにしたハンドメイド作品を各地で売りながらの旅の途中でした。
店の向こうを走るJR山陰線のジーゼルカーの車窓からエルピスを発見して途中下車してくれた青春18切符旅行者もいました。この方からは後日、たくさんの本やレコードを寄贈いただきました。近くの老人施設に入居中の方からも定期的に読み終わった本の寄贈があります。他にも本をくださる人が何人かいて、買取しない店にとっては貴重な在庫商品の蓄えになっています。
もうひとつの出会いは、教え子たちや同級生との再会です。県内はもとより東京、神奈川、静岡、大阪、福岡、大分、長崎などから店を訪ねてくれるのです。中には三十年ぶりとか四十年ぶりとかの再会もあります。その多くとはSNSでつながっています。退職教員にとってはいつまでも声をかけてくれる教え子は「心の年金」支給者です。個人事業、対面式の商売はこれがいいところと分かりました。
こうした交流は僕だけの喜びではありません。棚主のメンバーもメンバーどうしの新しい出会いや店番時に来訪者との会話で笑顔いきいきです。交差点にあふれるほどの人が来てくれますように。
連載の最後に僕に本屋を開かせた映画二作品を。紹介します。
ひとつはべネロピ・フィッツジェラルドのスペイン映画『ブックショップ』です。ゴヤ賞主要三部門受賞の映画『マイ・ブックショップ』の原作のこの本の主人公はイギリスの本屋のない海辺の小さな町で初めての書店を開きます。夢が実現したのですが・・・・。本の帯には「誰の人生にも本を」とあります。本屋したいなあと単純に思ったのでした。
もう一つはイタリア映画の『丘の上の本屋さん』。欧州でもとりわけ美しい村のひとつをを舞台に、多様性に満ちた人々が本屋に集います。本を通して老店主と人種も国籍も異なる村人が交流します。「おお、本と人の交差点だ」と。
エルピス下関はあと何年続くか分かりませんが、それまで「本州最西端の本と人の交差点」の灯は掲げていきますので、下関方面にお越しの節は寄ってみてください。