本州最西端のブックマンション「繁盛」記
エルピスしものせき店主 熊野 讓
ローカル紙に5回連載予定の「繁盛」記の第二回を紹介します。
「吉見の〇〇さんの爺さんは海軍で沖縄の沖で沈められたが生還した」
「うちの近所の人は特攻に出る寸前で終戦になったそうだ」
「室津の△△さんは母子で命からがら満州から引き揚げたんよ」
「私の父はシベリア帰りで、帰国後も苦労したようです」
「徳地の弾除け神社に父の写真がないか行ってきたよ」
「戦争だけはいけんね」
・・・・・・・
エルピスしものせきの8月の展示(店の真ん中のテーブルに特定のテーマで本を並べること)は「日本の戦争」です。日本が戦争をしたこともアメリカと戦ったこともしらない若者が有権者という時代に少しでも「日本の戦争」をしてほしいという願いから、店頭の2000冊余りの本の中から関連するものを並べました。全体で2000冊余の小規模書店ですから、いざ並べてみると50冊くらいしかありませんでした。
それでも『戦争と北方少数民族』『欲シガリマセン欲しがります』『元日本兵の抗日戦線』『銃口』『銃殺命令』などをお買い上げいただいています。うれしいのは来店くださった方と店番のひと棚店主の間で、戦争のことが語り合われることです。他の来店者も会話に加わり、この稿冒頭のような地域の戦争体験の継承が行われたりもします。
店を構えて物を売るという経験が僕には全くありません。どういうことをしないといけないのか、図書館の書架をめぐると『個人事業主になるには』『個人事業主の税金対策』『SNS時代の店舗経営』などなど実にたくさんのハウ・ツー本がありました。それらを読んで、次はネットのサイトの閲覧です。どちらもすごく役立ちました。現金出納帳、領収証、売上台帳などなどの購入や口座の開設など、ちょっとままごとみたいですがひとりでばたばたと。
もし、万が一納税しなくてはならないことになったら、やはり青色申告かと思ったりしましたが、そんなことは絶対にないことをあらためて確認して、無駄なことはやらないと決めました。ただしお金の動きと領収証、口座記帳のあたりは家でも大事なことですから、開業準備段階からきちんとしました。
古物商の鑑札もすぐに取りに行きました。居住地と店舗所在地の管轄警察が違うので、手間取りました。昔、仕事で取調べ室に入った経験はありますが、自分のことで取調室入室はどきどきしました。あの大きなガラスの仕切りの向こうから誰か見ているのだろうかなどと刑事もののドラマのシーンを想像したりしていました。そこの署は来客への対応もそこでしているのでした。したがって入口を閉められることはありませんでした。
こまごまとした準備も大変ですが、最大の開業準備はブックマンション入居者の募集です。ひと棚店主)が集まらなければ開業できません。「本と人の交差点」を標榜しても棚主が集まらなければ人通りのない交差点になってしまいます。
そのためには「家賃」をどう設定するかと棚主募集の宣伝をどうするかです。各地のブックマンションのサイトを回って情報を集めましたが、やはり直接教えてもらうのが大事です。その時に大いに助けていただいたのが、県内初のブックマンションを山口市内の中心商店街にオープンされていた「HONYAらDO」さんです。一から十まで運営のノウハウを教えていただきました。インターネットなど情報工学の大学の先生なので、デジタルツールの活用の仕方などは、僕からすれば「おーっつ、最先端」という感じでした。七十代の脳にも新しい知識が加わりました。
棚主募集のチラシを「赤旗日曜版」折り込みしたりポステイングしたり、SNSで発信したりの活動が実を結んでほぼ目標達成の入居者がありました。これで開業可能になりました。あとは具体的な開店準備ですがそれは次回に。
七十歳になって未知の世界に飛び込もうというのですから、まあ「好きもの」「道楽者」です。役者や作家は自身の創作活動で多彩な人生をわがことのように演じられますが、僕のような教員人生一本で定年まで来て残りは余生としてボチボチというのはどうも面白くありません。僕の場合は、地方政治家への挑戦がありましたが、如何せん弱すぎました。
人間、超低空飛行でも何かしらやりたいことをやっていたら余生とか老後とかいうような発想にしばられないのではないでしょうか。和田秀樹医師が言っています。「どうせ死ぬんだから、人生終盤好きなことだけやって幸せに生きる」。たしかに。