本州最西端のブックマンション「繁盛記」第三回
エルピスしものせき店主 熊野 讓
猛暑の晩夏、本屋にかかわる人間には衝撃的な記事が出ました。皆さんの中にも驚かれた方がいたでしょう。
「毎日新聞」の一面トップは「読書月ゼロ冊が6割 初の5割超え」という大きな見出しで今回の国語世論調査(文化庁)の結果を報じました。一冊も読まないという人が全年代で最多でもありましたから、この国に住む人々の読書離れは憂いのレベルを超えて危機的になったと言えるのではないでしょうか。
危機的というのは本屋の存続がというのではありません。フェイクやデマが横行するインターネット上の情報に自己の判断の基盤を求める人たちが多数派になってきたことへの危機感です。今回の調査でそのこともはっきり出ています。読書量の減少理由トップが「スマートフォンやタブレットに時間を取られる」43.6%であり、若い世代ほどこの傾向が強かったからです。「毎日」の見出しには「読書離れ=長文離れ」「判断力の低下懸念」とありました。つまり、読解力や想像力が育たず(当然、批判力も)、真実は何かを見極められない人がどんどん増えていくということです。ショート動画や細切れ情報から真実へ迫ることが出来る人はまずいないでしょう。
この状況を「まずい」「やばい」(あまり好きな言葉ではないけど)と思う政治家や行政マンもあまりいないので、先行きはもっと「やばい」「まずい」になるでしょう。紙の教科書をやめてデジタルの教科書にしていく学校教育です。当然、学校図書館に金をかけたりはしません。「専門担当者がいない・予算がないから本もない・何とかする時間もない」ので図書館の名には程遠い「図書室」だらけの山口県です。
一方で予算がどんどん投じられるのは教育のICT化です。欧州を中心にアメリカも含めた各国、各州で急速に見直しが進められているICT教育をいまごろになって何の点検もせずに進めようとしています。言葉は悪いけど「日本のこどもたちは本を読まない義務教育を経てどんどん馬鹿になって都合よくつかわれる大人になっていく」予想が立ちます。大学生の卒論を生成AIが代行する話は連載の最初に紹介しました。
こうした状況下でエルピスしものせきの存在意義を考えると、年寄りの道楽とすぐに「閉店セール」に入るわけにはいきません。ほぼひごろの生活圏に書店がないこの地域で、たとえ小さな古本屋とはいえ本を買える場所があるというのは貴重です。本の需要がないかというとそうではありません。ためしに夏に売れた本の名前を少し紹介します。「東京の下層社会」「日本列島文化論」「寂聴 孤独を生きる」「私の好きな悪字」「お能の見方」「日本会議 戦前回帰への情念」「やってはいけないスキンケア」「日本思想史序説」「大和路散歩」「マルテの手記」「石川啄木の人と文学」「維新の残り火 近代の原風景」「憲法の知恵ブクロ」「見えない宇宙の歩き方」「日本の名随筆シリーズ」「京の庭」「幕末長州」・・・・。
需要はあるのです。供給が少ないのです(コメと一緒かな)。エルピスの蔵書量2000冊超では賄えません。これが倍になれば来店者も増え、売り上げも上がるでしょう。ただし、それには条件があります。子ども時代に若い時に本で育っている人間がどれだけこの地域にいるかです。ここにオーストラリア国立大学と米ネバダ大学が、31の国と地域で、25〜65歳の16万人を対象にした大規模調査の結果があります。その結果というのは「16歳当時、家に本が何冊あったのか」が、大人になってからの読み書き能力、数学の基礎知識、ITスキルの高さに影響するというものです。
なるほど、世界を支配するIT産業の聖地シリコンバレーで働く富裕層に属する人々の子どもたちが通う学校では昔ながらの紙の教育が提供されているのも納得です。
彼らの搾取の対象となっている日本の学校教育の市場化の進行と、結果としてもたらされる低学力化と貧困の一端が見られるようです。本を読んでも飯のタネにはならないという考えこそ「貧すれば鈍する」というものではないでしょうか。
9月28日の夕方、ブックマンションに入居しているひと棚店主のみなさんの交流会を開きました。「早く開いてよ」というメンバーの声にやっと答えることが出来ました。エルピスに隣接して今月初めに開店した人気のカフェのKING CAFEに集まったメンバーが美味しい食事と飲み物でわいわいガヤガヤ交流しました。これが目的で入居したみなさんもおられます。本と人の交差点、あと2ヶ月あまりで一周年です。